根治手術可能な乳がん患者に対する SK-818 の安全性評価のための医師主導治験(代表 三森功士) 
F-box protein FBXW7 inhibits cancer metastasis in a non-cell-autonomous manner.J Clin Invest.2015 Feb;125(2):621-35 (九州大学生体防御医学研究所 主幹教授 中山敬一先生のご研究に参加させていただいた臨床研究)

わが国において乳がんは罹患率、死亡率ともに1975年代以降増加傾向にあり、2014年の罹患率は女性のがんの第1位となっています。今後罹患数はさらに増加していくものと予想され、乳がんの診療の動向は医学的のみならず社会的にも大きな問題となっています。特に、好発年齢が45〜50歳をピークに比較的若い女性が多いため、患者さんはもとよりご家族の心痛は筆舌に尽くし難いものがあります。乳がんは早期発見・早期治療が行えた場合の生存率は良好でありますが、外科的手術を行えた症例の約6割では治癒が得られる一方で、残りの約4割は再発します。転移・再発乳がんの予後の中央値は28か月であり様々な治療法の改良にも関わらず治癒は困難です。死因の最大要因である転移・再発を発症する前の段階で抑制できれば、乳がんの治療成績を向上させることにつながります。

近年、がん転移はがん細胞の変化だけではなく、がん周囲の環境との関係性が注目されています。特に骨髄由来の細胞が血流に乗って肝臓や肺などこれから転移巣を形成する部位に集まり、転移するがん細胞の着床部位(ニッチ)を作ることが知られています。このニッチはがん細胞にとって“ゆりかご”の様な役割をもち、転移先に辿りついた数個のがん細胞を育て増殖させる働きをすると考えられています。実際に、九州大学生体防御医学研究所 中山敬一先生等は、骨髄を操作(Fbxw7という遺伝子を欠損させる)してニッチを作る働きを活性化したマウスと操作しない野生型マウスとに肺転移をつくらせる動物実験を試みたところ、ニッチを活性化させたマウスにおいて転移巣の増大を認めました。ニッチはCCL2というケモカイン蛋白が活性化してマクロファージを集めて造られます。したがってニッチ活性化マウスに対して、「ニッチ形成阻害剤すなわちCCL2阻害剤」を投与して同じ実験を行ったところ、肺転移巣の形成は明らかに低下しました。この様にニッチの形成を抑えさえすれば夢の「転移の予防の実現」が期待されます。

以上の様な前臨床試験の結果に基づき、乳がん根治手術後の再発抑制を目的として、周術期からCCL2阻害剤であるプロパゲルマニウム(SK-818)を投与する本療法を計画しました。SK-818は、株式会社三和化学から1996年より医薬品として承認されている慢性B型肝炎治療薬であり、20年来の使用経験から安全性がある程度担保されているだけでなくドラッグリポジショニング(安価な薬剤の適応疾患の拡大)の観点から医療経済的にも良好です。今回、われわれは日本医療研究開発機構(AMED)からのH27〜29年度 革新的がん研究助成をいただき「乳がんにおける根治手術適応患者を対象として、まずは担がん患者に対するSK-818の安全性を評価し、治験薬の耐用量・臨床推奨用量を設定すること」を目的として全国3施設(がん研究会有明病院、国立がん研究センター東病院、九州大学病院別府病院)の共同研究として医師主導型治験を行っています。一刻も早く薬事承認を経て皆さまにお届けできるよう鋭意頑張ってまいりたいと思います。