基礎的研究
Integrated Multiregional Analysis Proposing a New Model of Colorectal Cancer Evolution
Uchi R, Takahashi Y, Niida A, et al. PLoS Genet. 2016 Feb 18;12(2):e1005778.
概 要:
大腸がんが非常に多様な遺伝子変異を持つ、不均一な細胞集団から構成されていること、またがん細胞の生存とは関係のない遺伝子変異の蓄積による「中立進化」よってこのような腫瘍内不均一性が生まれることを明らかにしました。今回の成果は、がんに対する新しい治療法や治療戦略を生み出すための基盤になると期待されます。
背 景:
大腸がんは一つの正常な大腸粘膜細胞が遺伝子変異を蓄積しながら進化し、異常増殖することで発生すると考えられています。この遺伝子変異の組み合わせは患者さんごとに異なることが明らかになっています。さらに一人の患者さんのがんの中でも異なる遺伝子変異の組み合わせを持つ細胞が多く存在し、一つのがんを構成していることも明らかになっています。この現象は腫瘍内不均一性と呼ばれており、がんの治療抵抗性の一因と考えられています。
ある抗がん剤が効く細胞が一つの腫瘍の大部分を占めているとき、それらの細胞には抗がん剤が有効ですが、もしその抗がん剤への耐性を引き起こす遺伝子変異を持つ細胞が存在すると、そのうち耐性細胞が増えることによってがんは再発してしまいます。
これまで、多くの大腸がんに関わる遺伝子変異が同定されてきましたが、実際どのように遺伝子変異が蓄積されながらがんが進化するか、また大腸がんにどのような腫瘍内不均一性が存在するかは明らかではありませんでした。
内 容:
がんの進化や不均一性を明らかにする方法として、ひとつのがんから複数の位置の異なる部位を採取し、解析する方法があります。がんが多様なクローンから構成されていれば、複数の部位で異なる遺伝子変異を検出することが可能です。また複数の部位に共通する異常は進化の前半に起こっており、共通しない異常は進化の後半に起こっていると推測することができます。
本研究グループは9症例の大腸がんからそれぞれ5~21か所、合計75か所の検体採取を行い、このような複数の部位の大規模遺伝子変異解析を行いました。特に本研究のユニークな点として、次世代シークエンサー等を用いて複数のタイプの遺伝子変異の不均一性を統合的に評価したことが挙げられます。その結果、大腸がんには一塩基変異、コピー数異常、DNAメチル化といった様々なタイプの遺伝子変異について高い腫瘍内不均一性が存在することを明らかにしました(図)。
また進化の前半にみられる遺伝子変異の特徴として、加齢と関連する異常が挙げられました。この結果から、がん化に必要な遺伝子変異は私たちの体の中の正常細胞にも加齢に伴って徐々に刻まれていると考えられました。この加齢と進化初期異常の関連は、さらにアメリカの国家プロジェクトThe Cancer Genome Atlasによって公開されている大腸がん、約260例の大規模遺伝子変異データを、ヒトゲノム解析センター(宮野 悟 教授)のスーパーコンピューターを用いて再解析することで検証されました。
更に、東京大学医科学研究所の協力で、スーパーコンピューター「京」を利用してがんの進化をシミュレーションすることにより、このような高い腫瘍内不均一性がどのようにして生まれるかを明らかにしました。(図)。大規模遺伝子変異解析の結果と合わせて考えることにより、腫瘍内不均一性はがん細胞に有利になるような遺伝子変異が選択されて蓄積する「ダーウィン的進化」によるものというより、がん細胞の生存とは関係のない遺伝子変異の蓄積による「中立進化」によって生み出していることが強く推測されました。
効果・今後の展開:
腫瘍内不均一性は、がんの化学療法における治療不応性や耐性化の原因となっていると考えられています。本研究の成果が、がんの多様化を阻害する治療方法や、不均一性を持つ細胞集団に効果的な治療戦略を考える重要な基盤となると期待されます。
Genomic Landscape of Esophageal Squamous Cell Carcinoma in a Japanese Population. Sawada G, Niida A, et al. Gastroenterology. 2016 May;150(5):1171-82.
■食道がんには、腺がんと扁平上皮がんがあります。欧米では腺がんが多いですが、日本では90%以上が扁平上皮がんであり、人種により食道がんの性質は異なります。日本人に多い食道扁平上皮がんは、酒とタバコといった生活における環境因子が発がんの危険因子として知られていますが、日本人ではアルコール代謝酵素に関わる遺伝子多型(DNAの配列の個体差)といった遺伝因子も危険因子であることを教室OBの田中文明先生等が明らかにしました(Tanaka F. et al. GUT 2010)。
■DNAに含まれるすべての遺伝情報を「ゲノム」といいますが、がん研究においては、ゲノム解析は、がんの発生する原因や病態の理解のために重要です。我々が行った日本人の食道がんの大規模なゲノム解析と詳細な生活習慣の調査から、日本人食道扁平上皮がんを対象として、詳細な生活習慣の調査とスーパーコンピューターを用いた過去最大規模の遺伝子解析を行い、その遺伝子異常の全体像を明らかにしました。その結果、日本人扁平上皮がんで特に重要と思われる15個の遺伝子を同定、さらに遺伝子的にアルコール代謝酵素の活性が低い人がかかる食道がんで特徴的にみられる遺伝子変異のパターンを同定しました。現在、がん細胞が持つ特定の分子を狙い撃ちする治療の研究が世界中で行われていますが、このようなゲノム解析により狙い撃ちする標的を見つけ出すことも期待されています。
■近年の技術の進歩により、がん細胞から漏れ出た血液中のDNAを検出することができるようになり、セルフリーDNAと呼ばれています。我々は、食道がんの手術後の患者さんの血液を採取し、血液中のセルフリーDNAを経時的に調べることにより、従来の血液検査(腫瘍マーカー)やCT検査、内視鏡検査よりも早く再発を発見できることを見出しました。この技術は、将来的には患者さんに負担の少ない血液検査だけで、がんの早期発見や再発の予測ができる可能性があり、今後の研究が期待されています。教室では癌撲滅に向けて、新たな予防法、治療法の開発を目指し、様々な研究に取り組んでいます。
Somatic mutations in plasma cell-free DNA are diagnostic markers for esophageal squamous cell carcinoma recurrence.
Ueda M. et al. Oncotarget. 2016 Sep 20;7(38):62280-62291.
■食道扁平上皮癌(ESCC)は予後不良な癌腫の一つであり、長期予後を改善させるために、再発予測を可能とする新たな正確なバイオマーカーが希求されている。cfDNAは血液中に存在する塩基長70~200bpのDNA断片であり、壊死やアポトーシスに至った細胞より血中へと放出される。癌患者では、癌細胞由来のcfDNAが血液中に存在することが知られている。 われわれはESCCにおけるゲノム変異の全容を 解明したことから、ゲノム解析の結果得られたドライバー遺伝子(下記の左図の如く選定した53遺伝子)の突然変異が、血液中のcfDNAにおいても同定できるかを明らかにする。
■ 13症例の経時的採血の結果、合計57個の突然変異を認めた。28個(49.1%)が血液でも同定可能でありました。原発巣と血漿とを比較したところ、10人の血漿にて突然変異が同定可能でありました(83.3%)。またstage IAでも血漿中で同定可能な症例がありました。
右図は、通常の血清SCCでは検出しえなかった12ヶ月目の肝転移再発をctDNAで見事に検出したもの。直線でむすぶと術後4ヶ月目には上昇をはじめており、8ヶ月前からの早期発見が可能な症例でありました。
この様に、再発転移の早期診断法のひとつとして、循環血液中のctDNAの検出と分析に力をいれています。
Integrated Molecular Profiling of Human Gastric Cancer Identifies DDR2 as a Potential Regulator of Peritoneal Dissemination.
Kurashige J, et al.
Sci Rep. 2016 Mar 3;6:22371.
■スキルス胃癌は比較的若年者に発症し、短期間に浸潤・腹膜播種を起こす極めて予後の悪い腫瘍であり、腹膜播種機序については未知な部分が多く、有効な予防法や治療法の確立が待たれる。われわれは胃癌腹膜播腫モデルマウスを構築し、非播種陰性株化細胞に比べ陽性株化細胞において特異的には過剰発現した遺伝子を同定した。他方、Singapore大学との共同研究により胃癌臨床検体においても腹膜播種と関連する同様の変異を有する遺伝子群をもとめ、両者に共通する遺伝子22個を同定した。
■われわれは、東京大学医科学研究所教授 宮野 悟先生、シンガポール大学教授パトリック・タン先生、国立がん研究センター柳原五吉先生、大分大学消化器外科教授 猪股雅史先生、熊本大学外科教授 馬場秀夫先生らと共同研究を行い、腹膜播種モデルマウスを作成し、胃癌腹膜播種を規定する遺伝子としてDDR2を同定した。
■DDR2はTCGAによる解析の結果、胃癌原発巣におけるDDR2高発現症例は、低発現症例にくらべて有意に予後が悪いことを明らかにした(図左)。また、DDR2の特異的阻害剤であるダサチニブは、既に卵巣がんの治療薬として知られるが、同薬剤が胃癌の腹膜播種においても極めて有効であることをマウスの動物実験にて明らかにした(図右)。 この研究により、胃癌の末期像とかんがえられている腹膜播種の進行を少しでも制御し、生命予後の改善に寄与することが期待される。また、本研究の様に、近年の技術革新およびビッグデータ解析により既存の薬効とは異なる適応がみつかる、いわゆる「ドラッグリポジショニング」が注目されている。十分なエビデンスを集めた後、速やかに保険適応の拡大が認可されることが期待されます。
臨床的研究
根治手術可能な乳がん患者に対する SK-818 の安全性評価のための医師主導治験(代表 三森功士)
F-box protein FBXW7 inhibits cancer metastasis in a non-cell-autonomous manner.J Clin Invest.2015 Feb;125(2):621-35 (九州大学生体防御医学研究所 主幹教授 中山敬一先生のご研究に参加させていただいた臨床研究)
わが国において乳がんは罹患率、死亡率ともに1975年代以降増加傾向にあり、2014年の罹患率は女性のがんの第1位となっています。今後罹患数はさらに増加していくものと予想され、乳がんの診療の動向は医学的のみならず社会的にも大きな問題となっています。特に、好発年齢が45〜50歳をピークに比較的若い女性が多いため、患者さんはもとよりご家族の心痛は筆舌に尽くし難いものがあります。乳がんは早期発見・早期治療が行えた場合の生存率は良好でありますが、外科的手術を行えた症例の約6割では治癒が得られる一方で、残りの約4割は再発します。転移・再発乳がんの予後の中央値は28か月であり様々な治療法の改良にも関わらず治癒は困難です。死因の最大要因である転移・再発を発症する前の段階で抑制できれば、乳がんの治療成績を向上させることにつながります。
近年、がん転移はがん細胞の変化だけではなく、がん周囲の環境との関係性が注目されています。特に骨髄由来の細胞が血流に乗って肝臓や肺などこれから転移巣を形成する部位に集まり、転移するがん細胞の着床部位(ニッチ)を作ることが知られています。このニッチはがん細胞にとって“ゆりかご”の様な役割をもち、転移先に辿りついた数個のがん細胞を育て増殖させる働きをすると考えられています。実際に、九州大学生体防御医学研究所 中山敬一先生等は、骨髄を操作(Fbxw7という遺伝子を欠損させる)してニッチを作る働きを活性化したマウスと操作しない野生型マウスとに肺転移をつくらせる動物実験を試みたところ、ニッチを活性化させたマウスにおいて転移巣の増大を認めました。ニッチはCCL2というケモカイン蛋白が活性化してマクロファージを集めて造られます。したがってニッチ活性化マウスに対して、「ニッチ形成阻害剤すなわちCCL2阻害剤」を投与して同じ実験を行ったところ、肺転移巣の形成は明らかに低下しました。この様にニッチの形成を抑えさえすれば夢の「転移の予防の実現」が期待されます。
以上の様な前臨床試験の結果に基づき、乳がん根治手術後の再発抑制を目的として、周術期からCCL2阻害剤であるプロパゲルマニウム(SK-818)を投与する本療法を計画しました。SK-818は、株式会社三和化学から1996年より医薬品として承認されている慢性B型肝炎治療薬であり、20年来の使用経験から安全性がある程度担保されているだけでなくドラッグリポジショニング(安価な薬剤の適応疾患の拡大)の観点から医療経済的にも良好です。今回、われわれは日本医療研究開発機構(AMED)からのH27〜29年度 革新的がん研究助成をいただき「乳がんにおける根治手術適応患者を対象として、まずは担がん患者に対するSK-818の安全性を評価し、治験薬の耐用量・臨床推奨用量を設定すること」を目的として全国3施設(がん研究会有明病院、国立がん研究センター東病院、九州大学病院別府病院)の共同研究として医師主導型治験を行っています。一刻も早く薬事承認を経て皆さまにお届けできるよう鋭意頑張ってまいりたいと思います。
地域医療推進のためのがん患者のだ液の多型情報と原発巣体細胞変異情報による術後管理システムの構築(九州大学倫理承認出願中)
分子標的薬の登場により進行・再発固形がん症例の予後は飛躍的に改善されてきました。しかし、有害事象発現のため、薬剤の減量・中止・変更をしなければならない症例や、期待通りの抗腫瘍効果を認めない症例が存在し、バイオマーカーの確立は喫緊のそして長年の課題です。また、個々の患者の精緻なゲノム情報が解析できる様になり、ゲノム変異情報に基づく個別化医療は実用化されつつあります。
具体的には担がん患者の1)遺伝的背景因子である遺伝子多型情報と2)がん原発巣局所における体細胞変異情報とがこれに相当します。両者を包括的に解析しかつ有機的に連携させることは、がん患者のQOLの向上と全生存率の改善に寄与すると期待されます。
また個々のゲノム変異情報を精確に把握し、基幹病院と地域の各連携医療機関とで時・空間的に情報共有できれば、在宅地域医療を推進させるなど、より社会実相に適合したがん診療が期待できます。われわれはゲノム情報と臨床情報を高度なセキュリティの管理のもとクラウド上で運用し、遺伝子多型情報および体細胞変異情報が実臨床の経過観察において重要かいなかを明らかにしたいと思います。真の個別化医療実現のために共同研究医療機関との間における情報共有のシステムを構築したいと考えています。
1)唾液中遺伝子多型:副作用や治療効果の予測と個々において注意すべき疾患発症の予測が可能か、明らかに!
抗腫瘍薬による副作用発現に関与する一塩基多型(SNP)や高血圧などの疾患発症に関与を示唆されている遺伝子多型が報告されています。現在某有名IT企業はCPIGI自主基準認定*を取得しており、豊富なSNPデータライブラリと統計情報に基づいて、唾液から抽出したDNAの遺伝子多型解析による疾病発症予測を基にした健康管理を提案するサービスを行っています。同社と連携して遺伝子多型解析を行い、薬剤と有害事象や抗腫瘍効果との関連、原疾患関連の疾病発症リスクについて検討し、治療経過を追う上での注意喚起に有用か否かを検証します。
*個人向けの遺伝子検査ビジネスを手がける業者で作るNPO法人「個人遺伝情報取扱協議会」(CPIGI、加盟37社)は加盟企業9社の信頼性などが自主基準を満たしていると認定しました。すなわち、Yahoo社および株式会社ジーンクエストとともに、平成28年5月にCPIGI自主基準認定を取得。これにより、(1)第三者機関から科学的根拠としての信頼性が担保されること、(2) 第三者に提供する際に「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(ゲノム指針)を遵守していること、(3) クラウドに情報を保存することに関しての安全措置がなされること。以上が外部機関において保証されていることになります。
2)原発巣の体細胞変異:治療法の妥当性を評価する、再発時に必要な分子標的薬を予め同定!
現在、標的分子変異が明らかな治療薬は2016年2月の時点で日米で承認されたものだけで70、臨床試験ステージにある低分子性分子標的抗がん剤(全11キナーゼ・機構)は、受容体型チロシンキナーゼ標的だけで195化合物存在し、他の10キナーゼと合わせると641化合物が存在します。
すなわち標的遺伝子変異がわかれば正確な治療薬が自ずと決まる化合物が711種類存在することから、罹患した癌種を凌駕(無視)して患者別に精緻な標的分子薬を決定できる可能性があります。したがって本研究では、消化器がん・乳がんの原発巣を解析して、個々の症例における重要な遺伝子変異を同定します。
3)開業医とのネットワーク:情報共有を基軸としたがん診療の推進:
高齢社会の到来に伴い、複数の医療機関の受診や重複処方などを背景に医療費の高騰が問題となっています。
現在九州大学病院別府病院では、別府市医師会を中心に発足した「ゆけむりネットワーク」を基に、市内の医療機関との間で緊密な連携をしており「患者臨床情報」を共有することについては、自治体レベルですでに多くの経験と実績を有します。
他方、世界ではすでに患者情報をクラウド上で共有するシステムは行われ始めております。現在、某IT企業の提供するDNA解析サービスは、解析情報やアンケート情報に基づいて利用者に必要な健康情報の提供にあるが、セキュリティが担保されたクラウド上で第三者からは個人を特定しえない中での多型情報および癌ゲノム情報の蓄積で得られる知見は豊富かつ重要であり新たな予防医療に貢献しうると考えています。
ただし、本臨床研究においては、該当する患者のかかりつけ医が 把握しても、診療への介入はせずに、ゲノム情報と実際の臨床的経過との相違点について観察研究を行う予定であります。ただし、実際の臨床上、著しく患者にとって重要な情報が得られた場合には、治療に介入するかいなかについて、あらためて倫理委員会に相談し必要であれば審査を受ける予定です。