免疫・血液・代謝内科

研究紹介

1. TNFの分子機構と疾患に関する基礎研究

TNF阻害剤の多面的な治療効果の検討

関節リウマチは関節の中の滑膜に炎症が起こり、関節の腫脹、疼痛、破壊をきたします。また関節以外にも肺などの内臓病変がみられることがあります。

関節リウマチ、クローン病、ベーチェット病などの炎症性疾患は、TNFという炎症を引き起こす蛋白(炎症性サイトカイン)が病態に深く関与しています。これらの疾患の治療薬として複数のTNF阻害剤が開発され、きわめて高い効果を示しています。作用機序の中心は可溶型TNFの中和ですが、我々はTNF阻害剤が膜型TNFに作用し、膜型TNF発現細胞へ内向きのシグナルを伝達し膜型TNF発現細胞を傷害すること(Mitoma H, et al. Gastroenterology. 2005)、補体やナチュラル・キラー細胞を介した細胞障害を誘導すること(Mitoma H, et al. Arthritis Rheum. 2008)、そしてこの作用には製剤間で違いがあることを明らかにしました(Horiuchi T, et al. Rheumatology (Oxford). 2010, Mitoma H, et al. Cytokine. 2016,Wang Q, et al. Front Immunol. 2020)。TNF阻害剤は、副作用を含めた臨床効果に製剤間で違いがありますが、この膜型TNFへの作用の違いは、臨床効果の違いをもたらす理由の一つです。

さらに我々はTNF阻害剤が制御性T細胞、濾胞性制御性T細胞に与える影響について検討しました。TNF2型受容体シグナルは制御性T細胞の抑制能に重要な転写因子FOXP3の発現に促進的に働くことから、TNF阻害剤はこれら制御性T細胞の抑制能を低下させました。その結果、濾胞性T細胞がナイーブB細胞を活性化させる系において、TNF阻害剤は濾胞性制御性T細胞のこれらの細胞に対する抑制能を低下させ、B細胞の分化や抗体産生が亢進しました。これらのことは、TNF阻害剤治療中に抗核抗体や抗薬物抗体が産生される機序の一つになっていると考えられます。近年関節リウマチ症例の滑膜組織、滑液では末梢性ヘルパーT細胞が浸潤しており、関節炎の形成に重要な役割を担っていることが明らかとなっています。我々は現在この末梢性ヘルパーT細胞に対する制御性T細胞について研究をすすめています。関節内あるいは肺の濾胞性T細胞やヘルパーT細胞を制御できるようになれば、難治例の治療改善に寄与できる可能性があると考えています。

2. 核酸分解酵素と全身性エリテマトーデスの研究

自己免疫性疾患は免疫の細胞が自己を攻撃する免疫異常によっておこります。その代表的疾患である全身性エリテマトーデスは自己の核酸やその複合体に対する自己抗体が産生され、日常診療でも自己抗体として測定されています。核酸を分解する酵素の異常によって全身性エリテマトーデスを発症することが報告されていますが、我々はその一つであるDNase1L3という遺伝子に着目して研究を行っています(Inokuchi S et al. J Immunol. 2020) 。DNase1L3は骨髄系細胞から細胞外へ分泌され、アポトーシスした細胞から産生されるアポトーシス小体の中に含まれる核酸を分解するのに必要です。インターロイキン-4、アポトーシス細胞、レチノイン酸誘導体といった刺激で発現が亢進することを明らかとなり、DNase1L3は組織の恒常性を維持するのに重要な働きをしていると考えられます。抗DNA抗体が高値の症例では、核酸の処理機構に異常があり、その是正が治療に繋がるのではないかと考えて研究をすすめています。

3. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とリウマチ性疾患についての臨床研究

2019年12月から世界的な流行を引き起こした新型コロナウイルス感染症は、治療薬、ワクチンの進歩、ウイルス株の変異により予後が大幅に改善しました。結果として、本邦では新型コロナウイルス感染症の扱いが2類相当から5類感染症に変更となり、ワクチン接種についても年1-2回の追加接種が検討されているところです。

当科は堀内孝彦名誉教授(前教授)の指揮のもと、日本リウマチ学会のプロジェクトとしてリウマチ性疾患患者における新型コロナウイルス感染症についての多くの研究を主導してきました。2023年7月時点で、リウマチ性疾患患者の新型コロナウイルス感染症における初期の重症化予測因子の検討(Oku K, Kimoto Y, Horiuchi T, et al. Modern Rheum. 2022)、2022年12月までの経時的な予後の改善と使用されている治療薬の変遷(Kashiwado Y, et al. Modern Rheum. 2023)、ワクチン接種後の抗体産生に対する免疫抑制療法の影響(Kashiwado Y, et al. Modern Rheum. 2023., Kashiwado Y, et al. Rheumatology (Oxford) 2023)について論文報告しました。また、リウマチ性疾患患者でのワクチン接種時の有害事象や疾患増悪の頻度(木本ら 第66回日本リウマチ学会総会・学術集会 2022)などについても学会報告し、本邦のリウマチ科医に対して情報を共有しています。

現在は、ワクチン接種後に発症したリウマチ性疾患についての全国調査を進めているところです。また、リウマチ性疾患患者におけるワクチン接種後の有害事象や新型コロナウイルス感染症の予後の推移については、引き続き調査を進めていく予定です。当院の外来にご通院いただいている患者さん達にも参加をお願いすることがありますので、その際はご協力をよろしくお願い申し上げます。

4. アプリケーションを活用した自己免疫性炎症性リウマチ性疾患診療の効率化

関節リウマチを始めとした自己免疫性炎症性リウマチ性疾患は、関節のこわばり、痛み、腫れなどから診断される病気の一群です。リウマチを専門としない整形外科で治療されることも多かったのですが、最近は診断技術や治療薬が発達したこともあり、できれば専門的な診療が可能な内科・整形外科での治療が望ましいと考えられています。しかし、専門的な診療が可能な病院は少なく、疑わしい症状が出始めてから専門的な病院を受診するまでに時間がたってしまう場合も多くあります。

現在、当科では別府市医師会と協力して、リウマチ性疾患が疑われる患者さんが専門家にかかりやすくなるようなアプリケーションの製作を行っています。その一歩目として、「関節症状を有する健診受診者を対象としたPersonal Health Record作成および地域医療連携システムの実証実験」を実施し、100名以上の健診受診者にご協力いただいています。今後はこのアプリケーションを活用し、リウマチ性疾患患者さんの地域医療連携がよりスムーズになるようなシステムを構築できればと考えています。大分県東部医療圏、北部医療圏の医療機関や患者さんのお役に立てるよう研鑽いたしますので、ご協力をよろしくお願い申し上げます。

5. 高齢者への血液がん治療

高齢がん患者さんの診療にあたり、いろいろな心身の問題をかかえ、個人差が大きいことから、がん診療に必要な患者、疾患、治療の3要因のうち、患者側の要因をより詳細に検討することが重要であると考えられております。当院では「高齢者評価指標」を使用した適切な治療対象患者さんの絞り込みと患者さんのQOLとADL(日常生活動作)維持を前向きに評価しながら高齢者に対し適切な治療を提供しております。

高齢者への血液がん治療(2021年7月19日大分合同新聞)

6. 固形腫瘍に対する臨床研究

当院では、全国組織の臨床試験グループ(JCOG、WJOG等)や、九州で活動する腫瘍内科医と組織した臨床試験グループ(KMOG、FMOG)に参加し、その一員として新規標準治療の確立を目指して臨床試験を行っています。KMOGで行っている研究の一つとして、胃癌患者さんに対するトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)の前向き観察研究を行っています。HER2陽性胃癌に対する特異的な治療薬は長らくトラスツズマブしか承ありませんでしたが2020年よりT-DXdが国内で承認され臨床で使用されるようになりました。このT-DXdは抗体薬物複合体という新しい作用機序の薬剤であり、HER2陽性胃癌に対して高い治療効果を有しますが、薬剤性肺炎や消化器毒性の発症率が高く実臨床でのリアルワールドデータがまだ不足しています。そこで我々は九州大学病院本院や九州がんセンターなどと協力しT-DXdによって治療を受けた患者さんの治療データを前向きに収集し、その一部は既に学会にて発表を行っています(Hanamura F, et la. 日本臨床腫瘍学会2023)。また患者さんから治療中の血液検体や胃癌の組織検体をご提供いただきT-DXdの作用機序や耐性機序の解明に取り組んでおり今後さらに研究を進めていく予定です。

これまでは主に消化器癌や甲状腺癌、原発不明癌を対象とした臨床試験に関わって参りましたが、今後は乳癌を対象とした治験や観察研究等にも積極的に関わっていきたいと考えております。